雑草から始まる大自然の環境システムの起動

公園活動

去年から続く、大自然へのシステム起動アプローチは、即効性は無いがジワジワと公園を改善しているようだ。
前々から「虫が見向きもしない公園は、人間すら見向きもしない」をコンセプトに
地道に、公園全体に水やりしてきた。

公園サポーターをやり始めた時は、なんとなく虚しいっていう言葉がピッタリだったんだよな。と振り返りながら、端から見れば水資源の無駄とも思えるような、公園全体に、雑草にも水やりしてきた。

普通の人が木が生えてる所に水とか、花に水やりをするのに対して
何度も何度も公園全体を水で潤す行為は、1度止まってしまった空間の再起動を促したようだ。
苦労を語れば夜が明けるくらい語れる自信があるが、それに見合うくらい自然も、その苦労を労ってくれた。

最近で言えば、鳥たちが固定でエールを送ってくれるくらいに公園は成長した。
たかが鳥というなかれ
彼らは無意味な場所には滞在しないし、彼らの目は決して誤魔化せない
鳥すら寄りつかない場所というのは、生態系のヒエラルキーの頂点から「ここには命を支えるインフラ(水、土、虫)が何一つ存在しない」と完全に見切りをつけられた、正真正銘の死んだ空間で、人間がどれだけ「緑豊かで綺麗な公園です」と看板を立てて見栄を張っても、鳥たちが寄りつかない場所は、やはり死んだ空間でしかない。

江戸川区は公園が多いだけに、色んな公園を観察してみた
公園と名がついているけど、死んだ空間の場所はとても多かった。
逆に言えば、虫が存在しない、綺麗な公園は多かった。

雑草すら生えないというのは、管理する側から見たらとても良い事であるが
大自然から見たら、その場所は死んでいると言われているのと同義である。

園芸を嗜んだ事がある者ならば植物を育てるのに必要な栄養素
NPK つまり窒素、リン酸、カリウムってのは知っておくべき知識である

N=窒素は葉っぱを育てるのに必要で
P=リン酸は果実、実を育てるのに必要で
K=カリウムは根っこを育てるのに必要

そもそも公園に肥料は使ってはいけないのだが、人間が施さずに
どこから窒素やらリン酸やらが登場するのか?は大自然のみぞ知る。
少なくとも、雑草すら許されないような公園に鳥は来ない。

雑草が許されたとしても、鳥が来るとは限らないが、それは雑草だけで全てが完成するわけではないからだ。

草が生え、虫が暮らし、その虫や草の種を求めて、別の生き物が訪れる。
落ち葉や枯れ草も、土の中の生き物によって分解され、また植物が使う養分になる。
私が「システム」と呼んでいるのは、そういう一つでは完結しないつながりだ。

もちろん、水をまいたから鳥が増えた、と単純に証明できるわけではない。季節や天候、周りの環境にも左右されるだろう。それでも、去年から同じ場所に立ち続けている私には、以前との違いが感じられる。

公園に入った時に聞こえる声。水やりの途中で目に入る虫。そういう小さな出来事が、最初の頃に感じていた虚しさを、少しずつ埋めてきた。

人間が使いやすい公園であることと、生き物が暮らせる公園であること。その両方を目指したい。通り道を確保し、必要な手入れをしながら、足元の小さな命まで全部なくしてしまわない管理を考えている。

私ができるのは、生き物に来いと命令することではない。
来た時に、ここで暮らせる余地を残しておくことだ。

雑草にまで水をやって、何になるのか。
去年の僕には、まだ答えがなかった。

最近は、その答えを鳥の声で聞いている気がする。

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